大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

松山地方裁判所 平成4年(ワ)14号 判決

原告

河野武利

被告

大西由里子

主文

一  被告は、原告に対し、金二五二八万五一七〇円及びこれに対する平成元年五月三一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを五分し、その四を原告の、その余を被告の負担とし、参加により生じた費用は、これを五分し、その四を原告の、その余を補助参加人の負担とする。

四  この判決は、原告勝訴部分に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一当事者の請求

被告は、原告に対して、金七一六七万七五八二円及びこれに対する平成元年五月三一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  本件は、交通事故の被害者である原告が、加害者の被告と示談した後、示談当時予測しえなかつた後遺症が生じたとして、示談後の損害を請求した事案である。

二1  本件交通事故の発生

原告は、昭和五九年八月五日午前一一時五分ころ、訴外土居隆志運転の普通貨物自動車(泉四五そ〇〇〇八、以下「被害車両」という。)に同乗して、松山市余戸南三丁目一番、国道五六号線出合橋交差点を同市方面から松前町方面に向けて通過しようとしたところ、被告運転の普通乗用自動車(愛媛五六そ五二〇四、以下「加害車両」という。)が、右交差点を右折しようとして被害車両に衝突し、原告は、頸部捻挫・右膝挫創等の傷害を受けた(争いのない事実)。

2  被告の責任

被告は、加害車両を保有し、自己のため運行の用に供していたものであるから、自動車損害賠償保障法三条に基づき、本件交通事故による損害を賠償する責任がある(争いのない事実)。

3  本件事故後の状況

(一) 原告は、本件事故当日、救急指定病院で応急手当てを受けた後、翌八月六日から松山赤十字病院に通院して治療を受け、昭和六〇年八月二七日、症状固定となり、同年一二月二一日、被告との間で示談(以下「本件示談」という。)が成立した(争いのない事実)。

(二) 原告には、本件示談後も、両手のしびれ感が残つたので、二、三の病院で通院治療を続けていたが快方に向かわず、昭和六三年一二月ころからは両手のしびれ以外に、右足のしびれが発生し、次第に両上肢・体幹から両下肢の知覚障害・運動障害へと発展していつた(甲五の1、2、一〇ないし一二、証人河野兼久、原告)。

(三) 原告は、平成元年五月、貞本病院で変形性頸椎症で手術が必要と診断され、愛媛大学医学部付属病院で、三度手術を行つたが完治せず、平成三年五月三一日症状固定と診断された(甲五の1、2、一〇ないし一二、証人河野兼久、原告)。

(四) 原告は、変形性頸椎症等の手術・治療のため、症状固定日までに、愛媛大学医学部付属病院で、平成元年五月三一日から同年一〇月三一日まで入院(一五四日間)、同年一一月六日から平成二年六月七日まで通院(うち実日数一一日)、平成二年六月一八日から同年八月二日まで入院(四五日間)、同年八月九日から平成三年五月二三日まで通院(うち実日数二〇日間)した(甲六、一一、一二)。

(五) 原告は、本件事故により変形性頸椎症・頸部椎間板ヘルニア等を引き起こし、手術による完治せず、現在も四肢の知覚・運動障害、特に歩行障害が強く、起立すると下肢のしびれ・痛みが強いため休みながら杖を持つて一〇〇メートル位までの歩行が限界であり、正座はもちろん、椅子に座つても長時間一姿勢を続けることが困難で、デスクワークもできず、将来にわたつて再就職は困難な状況にある(甲五の1、2、証人畠山隆雄、同河野兼久、原告)。

三  争点

1  本件示談の効力

(原告の主張)

昭和六〇年一二月二一日の本件示談成立当時には原告の変形性頸椎症は発見されておらず、現在の原告の症状も予見できなかつたもので、示談は錯誤により無効であつて、被告は原告に対し、右症病に基づく損害を賠償すべき責任がある。

(被告の主張)

本件示談は、後日、後遺症についての主張を認めない趣旨で、一般の基準より高額で成立しており、原告もこのことを認識していたもので、原告は、将来の後遺症についての損害賠償も含める意思で示談したものである。

2  原告の変形性頸椎症は、本件交通事故に起因するものか否か。また、起因するとしてその寄与度

3  損害

(原告の主張)

(一) 症状固定日までの損害

(1) 治療費 金四〇万一五六〇円

(2) 通院交通費 金一九万八四〇〇円

タクシー代片道金三二〇〇円で三一日分

(3) 付添い看護料 金一八万九〇〇〇円

三回の手術後それぞれ二週間は首を固定し、身体を動かすことができず、妻が付き添つた。近親者の付添い費、一日四五〇〇円として四二日分

(4) 休業損害 金一六一四万九二二二円

原告は、事故前、昭和ハウス販売株式会社松山支社支社長として稼働し、本件事故前三か月に金一九九万一〇〇〇円の収入を得ていたところ、平成元年五月三一日以後症状固定日まで二年間休業を余儀なくされた。

1,991,000円÷90日×365日×2年=16,149,222円

(5) 入通院慰謝料 金二五〇万円

(二) 後遺症による損害

(1) 逸失利益 金七二九五万八三六四円

原告は、六七歳まで一七年間にわたり、その労働能力の全部を喪失した。五〇歳の男子労働者の平均年収金六〇四万一一〇〇円を基準として新ホフマン方式により逸失利益を算定すると次のとおりとなる。

6,041,100円×12.077=72,958,364(円)

(2) 慰謝料 金一〇〇〇万円

(三) 弁護士費用 金五〇〇万円

(四) 以上(一)及び(二)の合計金一億〇二三九万六五四六円のうち、七割が本件交通事故と因果関係ある損害であるというべきであるから、その七割である金七一六七万七五八二円及び弁護士費用の金五〇〇万円の合計金七六六七万七五八二円が本件の損害となる。

4  過失相殺

(被告の主張)

(一) 原告は、本件事故当時、シートベルトを着用していなかつた。

(二) 原告は、本件事故後、入院を勧められたにもかかわらず、入院せず、通院治療のみを行つたため、適切な治療が受けられず、その損害を拡大させた。

(三) 原告は、職務を執行するについて、訴外土居の運転する被害車両に同乗していたものであるから、右土居の過失は、被害者側の過失として考慮すべきである。

第三争点に対する判断

一  争点1について

本件示談当時、原告は、手足の痺れと頭重は訴えていたものの、本件交通事故以前の職務に復帰して仕事をしていた(証人松浦忠昭、原告)。また、杖を利用しないと歩行することができず、長時間座つていることができないため、稼働することができない状況にある(証人畠山隆雄、原告)。本件示談において原告が将来どのような後遺症が生じても、それに基づく損害について請求しない意思であつたと認めるに足りる証拠はなく、また、右のような原告の本件示談後の症状の変化は、当事者間において予測しえなかつたものと認めることができるから、被告は、本件示談を理由として、原告の現在の症状に基づく損害賠償の請求を拒否することはできないというべきである。

二  争点2について

原告の現在の症状は、頸椎の第五、第六椎間の椎間板の狭小化があつて、椎間板の変性に伴つて第五、第六椎間の上端と下端の隅角に骨性の変化が起こり、それが脊髄髄腔に突出して脊髄への圧迫及び変化を及ぼしていることから起こつている。愛媛大学医学部付属病院での手術は、右の脊髄への圧迫を取り除くために行われたが、既に脊髄に障害が生じており、手術しても原告の症状は余り改善されなかつた。原告は、もともと脊柱管が一般の人より狭い、脊柱管狭窄症であつたことから、右のような椎間の変化があると現在のような症状が起こりやすい。原告に本件交通事故以前から既に右のような椎間の変化があつたとしても、症状が出ないことがあり、本件交通事故のような外傷が加わつて発症し、それが徐々に悪化していつたと考えても矛盾はない。原告は、本件交通事故以前においては、全く現在の症状はなかつた。(甲一一、一二、証人畠山隆雄、同河野兼久、原告)

右事実によれば、原告の現在の症状は、本件交通事故による衝撃が関与して惹起されたものと認めることができる。

右認定のとおり、原告には、本件交通事故以前から脊柱管狭窄症があつて、一般の人より椎間板にヘルニアが生じたときに症状が出やすいうえ、原告の頸椎の第五、第六椎間の椎間板の変性も本件交通事故当時に既に生じていた可能性も強い(証人河野兼久)。右によれば、原告の現在の症状は、本件交通事故による障害の外、原告の器質的な素因が競合して発症していると認めることができ、これに、前記認定のとおり、原告の症状が本件事故後三年以上経過して強くなつていることを合わせ考えると、本件交通事故の原告の障害に寄与する割合は三割と認めるのが相当である。

三  争点3について

1  症状固定日までの損害

(一) 治療費 金四〇万一五六〇円

原告は、愛媛大学医学部付属病院に対し、前記三1の治療費として合計金四〇万一五六〇円を支払つた(甲六)。

(二) 通院交通費 金一九万八四〇〇円

前記認定のとおり、原告は、愛媛大学医学部付属病院に合計三一日通院したところ、交通手段としてはタクシーを使用せざるをえず、タクシー代片道約金三二〇〇円を要した(弁論の全趣旨)。

(三) 付添い看護料 金一六万八〇〇〇円

原告は、三回の手術後それぞれ二週間は首を固定し、身体を動かすことができず、妻が付き添つた(甲一三)。近親者の付添い費としては、一日当たり金四〇〇〇円が相当であるから、四二日分は頭書の金額となる。

(四) 休業損害 金五五四万五五〇〇円

原告は、昭和ハウス販売株式会社松山支社支社長として稼働し、昭和六三年度において金二七七万二七五〇円の収入を得ていたところ、平成元年五月三一日以後症状固定日まで二年間休業を余儀なくされた(甲八、原告)。

2,772,750円×2年=5,545,500円

(五) 入通院慰謝料 金二〇〇万円

原告は、前記認定のとおり、一九九日間入院し、約一七か月間(うち実日数三一日)通院した。原告の入通院慰謝料としては、金二〇〇万円が相当である。

2  後遺症による損害

(一) 逸失利益 金五七六三万七一〇八円

右のとおりの原告の後遺症は、自動車損害賠償保障法施行令別表第五級第二号に該当するから、原告は、六七歳まで一七年間にわたり、その労働能力の七九パーセントを喪失したと認定することができる。賃金センサス平成元年第一巻第一表学歴計五〇歳から五四歳までの男子労働者の平均年収金六〇四万一一〇〇円を基準として新ホフマン方式により逸失利益を算定すると次のとおりとなる。

6,041,100×0.79×12.077=57,637,108(円)

(二) 慰謝料 一〇〇〇万円

後遺症による慰謝料としては、金一〇〇〇万円が相当である。

3  原告の損害は、以上を合計すると金七五九五万〇五六八円となるところ、うち三割が本件交通事故に起因するものであるから、右金額のうち、被告が賠償すべき額は、金二二七八万五一七〇円となる。

4  弁護士費用 金二五〇万円

本件の弁護士費用としては金二五〇万円が相当である。

四  争点4について

1  原告は、本件事故当時、シートベルトを着用していなかつた(原告)が、シートベルトを着用していなかつたことが原告の損害拡大に寄与したことについてはこれを認めるに足りる証拠がない。

2  原告が、仮に、本件事故後、入院していたとしても、通院治療以上に適切な治療が受けえたと認めるに足りる証拠はない。

3  原告は、前記認定のとおり、補助参加人の松山支社の支社長であり、補助参加人の代表権はなく、補助参加人の従業員である訴外土居の本件交通事故惹起について被告に生じた損害を賠償すべき立場にないから、訴外土居の過失を、被害者側の過失として考慮することはできない。

五  結論

以上によれば、原告の本訴請求は、被告に対し、本件交通事故による損害賠償として、金二五二八万五一七〇円及びこれに対する本件交通事故の日後である平成元年五月三一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める範囲で理由があるから認容し、その余は失当であるから棄却することとして主文のとおり判決する。

(裁判官 廣永伸行)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例